執筆者:丸橋 和子
東京民医連・立川相互病院 産婦人科
ティーンズセクシャルヘルスプロジェクト・スタッフドクター

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2009年10月(第1回)

 これは、医学生向け情報誌「Medi-Wing(メディウイング)」での連載記事です。

*2011年1月号以前はこちらをクリック

 Medi-Wingは全日本民主医療機関連合会(民医連:立川相互病院も加盟しています)が発行しています。

初出:Medi-Wing 2009年10月号(連載第1回)

私が産婦人科医を志したわけ

 最近、マスコミなどで産科医不足が注目され、実際、産科に携わる施設も医師も激減していますが、私が産婦人科医を志した時、どちらかというと、産婦人科は少子化に伴いどんどん廃れゆく分野と認識されていた気がします。ですから、当時の私は、今のような崩壊しつつある産科医療を支えようなどと、大それた考えで産婦人科医を始めたのでは当然ありませんでした。今でも、私のメインの仕事は産科ではなく、婦人科、いや、何というか、それ以外の分野とでもいうべき領域だと思っています。

 私が大学を卒業し研修を開始した時、将来は外科か麻酔科か産婦人科がいいかなあ、と漠然と考えていました。ところが、まずは内科研修からローテートが始まってみると、大学生時代にあまりにも授業に出ず臨床の面白さを学び損ねていたせいか、あら、循環器も面白そう、消化器も面白そう、リハビリも面白そう…と行く先々で(今の私生活からは考えられないほど)目移りしてしまう始末。2年近く過ぎて、ようやく進路を考える時に、そういえば麻酔科か産婦人科をやりたいと思っていたのにどちらもまだ研修していないことに気づき、当時どちらの科も研修が必須ではなかったのですが、研修に組み入れてもらいました。それまでに産婦人科は内科研修の間に2週間ほど見学させてもらっていたのですが、麻酔科はただの見学ではなく、麻酔科医としての働き振りを実感したかったので、3ヶ月外部研修に出してもらいました。

 3ヶ月間の麻酔科研修は、とても楽しかったのですが、なんとなく自分が麻酔器の一部分になってしまいそうな錯覚にも陥りました。患者さんとのコミュニケーションに飢えて、やけに長い術前訪問をやらかしている自分に気づいたとき、やはり、人とコミュニケーションをとりつつ進める診療科に行こうという気持ちが高まり、その中でも大学時代から興味のあった女性の一生をサポートする仕事として産婦人科を選ぶ決心をしました。

私のやっている産婦人科医療

 産婦人科が扱う領域は幅広いのですが、大まかに分けると周産期、腫瘍、内分泌、その他になります(専門医試験もこの分類で出題されます)。そこで、私の専門分野(と言うより、好きな分野)はと言うと、性教育(性の健康教育、性感染症やリプロダクティブヘルス・ライツなど)・更年期・骨盤臓器脱(性器脱や尿失禁など)・DV、性被害支援・セクシュアリティーなど数多くあるのに、すべて『その他』の領域です。仕方がないので、自分で「女性の隙間産業」の専門家と思うようにしています。

 中でも、私の趣味的専門分野を代表するのが「若者たちに対する性の健康教育」です。私の勤務する病院のホームページを検索してもらうと、“ティーンズセクシャルヘルスプロジェクト”という名前の活動を紹介しています。これは、2003年、婦人科を受診する望まない妊娠や性感染症にかかった多くの若い女性たちを診て、結果だけを扱うのではなく、予防にも取り組もう!と、医師、看護師、助産師、社会福祉士など他職種のスタッフが集まり作った集団です。

 元々、学生の時から性教育というものに興味のあった私ですが、仕事の中でも中心的な活動にするきっかけとなったのは、日々診察室で接する患者さんから「正しい知識を伝えることの重大さ」を学んだからでした。

ある女子高生との出会い

 私が夜間外来を受け持っていた頃出会ったある患者さんは、まだ当時高校生で、制服のまま診療開始前から待合室で、友達と一緒にお菓子を食べたり、にぎやかにおしゃべりしながら待っている女の子でした。

 「おりものが臭う」という訴えでやってきた彼女を前に、私は「最近、若い女性にクラミジア感染が増えているらしいので検査しておこう」とクラミジア検査を行い、見事陽性でした。そこでクラミジア治療をしたのですが、まだよくならないといって、再び外来受診してきました。今でこそ常識ですが、クラミジアと淋菌が混合感染する割合が高いことを考慮しなかったので、淋菌の治療が出来ていなかったのです。クラミジアも淋菌も性行為で感染する性感染症ですが、まさか、普通の女子高生が、一度に複数の性感染症になっていると思わなかったのです。そして、淋菌検査を行い陽性に出たため今度は淋菌の治療をして、ようやく症状がよくなりました。性感染症は風俗でかかるもの、遊び人がかかるもの、と思われがちですが、性行為さえあれば、外見や衣装に関わらず性感染症に罹患している可能性があると身にしみたのでした。

 数年後、高校を卒業した彼女が再びやってきました。今度は「妊娠したかも」ということです。診察の結果、双子を妊娠していました。「妊娠なんてありえない!しかも、双子なんて無理!絶対産めない!」と、泣く泣く中絶することになりました。その後彼女は、自ら避妊用のピルを希望しました。忘れずに薬を取りに来て、しかも、コンドームが破損したから緊急避妊用のピルもほしいと臨時受診までする念の入れよう。

 避妊と性感染症の予防のために、避妊用のピルとコンドームの併用が勧められています。また、完璧な避妊に一歩でも近づけるために、複数の避妊法を組み合わせる“ダブルメソッド”という考え方からからも、「コンドームとピル」という方法は理想的です。しかし、実際にこれを実行している人はとても少数です。なぜ彼女は、こんなに自分の性の健康に真剣に取り組めるようになったのか、他の多くの女性が積極的に自分の健康を守るためにはどうしたらいいのか知りたくて「どうして、こんなにまじめに考えられるようになったの?他の人に何を伝えたら取り組んでもらえるのかな…?」と尋ねたところ、「痛い目にあわなきゃわかんないですよ…」とだけ教えてくれました。

 彼女が、自分の健康を自分で守ることが出来るようになるために、どれだけ大きな傷を心と体に受けたことでしょう。全ての女性が、彼女と同じように傷つかない限り自分の健康を守れないとしたら、とても悲しいことです。確かに痛い目にあわないと分からないこともあるかもしれないけれど、でも、少しでも傷つく前に身を守る手助けが出来れば。そのためには、まず、正しい知識を多くの若者に伝えなくてはという思いを強くしました。

性の健康教育を開始して

 このようにして、正しい性の知識を多くの若者に広めよう、とティーンズセクシャルヘルスプロジェクトの活動を開始したのですが、具体的には、高校やPTA、学校、養護教諭の先生方への出張講座をはじめ、当院の新入職員へ性の健康講座を開いたりして、顔を見ながらの啓蒙活動。そして、インターネットを使った情報伝達も試みていますが、これは日々の業務に追われてなかなか更新できずにいます。目下、携帯端末対応可能となるように調整中です。

 その他、人工妊娠中絶を受けた女性やそのパートナーからアンケートを取り、実際に今後の避妊法などを相談する時に役立てたり、望まない妊娠をしてしまうカップルにみられる問題点を探ったりするのに役立てています。これらの活動を通じて、『正しい知識を知ったからといって実行に移せるわけではない』ということも学びました。性教育は単に知識を伝えるだけで終わりではなかったのです。

 次回は活動を通じて知ったり、考えたりしたことをご紹介したいと思います。