執筆者:丸橋 和子
東京民医連・立川相互病院 産婦人科
ティーンズセクシャルヘルスプロジェクト・スタッフドクター

2013年1月(第11回)
2012年10月(第10回)
2012年6月(第9回)
2012年1月(第8回)
2011年10月(第7回)
2011年6月(第6回)
2011年1月(第5回)
2010年10月(第4回)
2010年6月(第3回)
2010年1月(第2回)
2009年10月(第1回)

 これは、医学生向け情報誌「Medi-Wing(メディウイング)」での連載記事です。

*2011年1月号以前はこちらをクリック

 Medi-Wingは全日本民主医療機関連合会(民医連:立川相互病院も加盟しています)が発行しています。

初出:Medi-Wing 2010年1月号(連載第2回)

 前回は、私が趣味的活動“ティーンズセクシャルヘルスプロジェクト”を開始するまでのお話をさせていただきました。

 今回はさらにマニアックに、活動を通じて知ったり、感じたりしたことをお話したいと思います。

 皆さん方もよく『啓蒙活動』と言う言葉を使う機会があるのではないでしょうか。特に、患者さんたちに病気について広く知ってもらいたい時、私たちがとるべき行動の一つとして、この言葉が浮かぶと思います。『啓蒙』とは「人々に新しい知識を与え、教え導くこと」と辞書にあります。私たちの活動も、当初「これから先、性感染症や望まない妊娠で心や体が傷つく前に、少しでも正しい知識を知ってもらいたい。性の正しい知識を知ることで、性感染症や望まない妊娠が防げるのではないか」と思って始めたわけですが、活動を進めていくうちに、そう単純な話ではないことに気づいてきました。

 私たちの活動の一つとして、人工妊娠中絶術を受けた女性やそのパートナーにアンケートを取っています。なぜ、今回妊娠したかという問に対して、ほぼ100%の人が「避妊していなかったから」と答えていましたが、避妊しなかった理由は様々です。

 多いのは「安全日だと思っていたから」「膣外射精をしていたから」という答え。

 このアンケートでは、安全日やコンドームに関する知識を問う質問もあるのですが、正しい知識を持っている人は半分以下です。間違った安全日を信じ、膣外射精が避妊法ではないと知らない人に対しては私たちの活動が役立ちそうです。

 月経周期と排卵との関係、排卵後数日経つと妊娠しづらくなる。しかし、女性の体はデリケートで排卵周期は常に変化し得るもので安全日は存在ないこと。したがって妊娠を希望しない時には、常に確かな避妊方法が必要で、膣外射精では妊娠を防げないこと。これら正しい知識を伝えていくことで、望まない妊娠を防ぐことにつながるかもしれません。

 一方、こんな答えもあります。「友だちが大丈夫だったから」「自分は妊娠しないと思っていたから」

 こう考えている人に対するアプローチは深刻です。自分や相手の体のことなのにどこか遠くの他人事のようです。性行為が年に1回であろうと365回であろうと、月経が規則的であろうが、なかろうが、性行為さえあれば誰だって妊娠する可能性があります。自分や彼女が妊娠して初めて、「うそー!ありえなーい」と現実をつきつけられるのでしょう。

 前回ご紹介した、私の活動のきっかけとなった患者さんの「痛い目に会わなきゃ分かんないですよ」という言葉は、常に他人事意識の彼女、彼らに向けて発せられた言葉と言えます。自分の体は自分のもの、自分の体に責任を持つということを伝えるのは、とても難しいことですが、それでも私たちは根気強く伝え続けるしかないと思っています。

 「自分は妊娠してもいいと思っていた(が、相手におろせと言われた)(相手と連絡が取れなくなった)」

  こう答えている女性も結構います。出来ちゃった結婚という言葉がすでに時代遅れに感じる昨今、妊娠してから結婚するという順番にすでに違和感を感じませんが、相手のことを「いずれ一緒に子育てする相手」と一方だけが思っている時が少なからずあるようです。

 望まない妊娠を前に逃げだす男性もいますが、女性はそうはいきません。自分自身は望んでいた妊娠なのに、「望まない中絶」という結果になる時の女性の傷の深さを思わずにはいられません。また、男性側の立場として、「まだ、そこまで考えていなかった」ということもあるかもしれません。結果としてパートナーの体を傷つけることになった男性の後悔の言葉がアンケートにみられることもあります。お互いのコミュニケーションの不足が招いた悲劇といえるでしょう。

 そして、数は多くはないものの、さらに問題が深刻だと思うのは、「避妊してといえなかった(女性)」「自分が快感を得られないから(男性)」という答えです。

 避妊の多くをコンドームに頼っている日本では、避妊できるかどうかは「男性側のコンドーム使用の意思」にかかっています。それなのに、男性は女性ほど避妊の意識が高いとは言えません。「つけて、と言われた時だけつける」男性に対し、女性は自分の体を守るために、毎回「つけてほしい」と意思表示しなければならないのですが、お互いの関係性が対等でない場合、その意思表示すら出来ないこともあります。また、意思表示しても自分の快感を優先し女性の意思を無視する男性がいるのも事実です。

 アンケートでこのように答えていた女性がいました。

 「何度も、避妊の必要性や中絶の怖さを伝えてきて、その時だけはコンドームを使ってくれる時もありました。でも、無理やりされたり、自分にわからないようにこっそり途中ではずしたりもされました。経口避妊薬も使おうと思った時もありましたが、彼の反対でやめたことを今ではとても後悔しています。どんなにいいところがあっても、もっと早く彼との関係を見直しておけばよかった…」

 このような力関係の強さに乗じて、避妊に協力しない、性行為を強要する。このような関係性にあるカップルは立派にDVが存在しているといえます。DVは婚姻関係にある人たちでのことを言いますが、婚姻関係にないカップル間のDVを日本では「デートDV」といいます。

 カップルの間に一方的な力関係の差があり、弱い立場の人間の意思表示が出来なかったり、あるいは無視される関係性においては、いくら正しい知識が身についていても、それを実行に移すことは出来ないことを私たちは知りました。

 それ以降、性の健康教育の講演の中で、性感染症や避妊に関する正しい知識を伝えるだけではなく、「いくら知識があっても、お互いの存在を大切することが出来なければ、知識を生かすことが出来ません。性は、奪うものでも差し上げるものでもありません。自分も相手も幸せな関係を築けますように」と、伝えるようにしています。

 以上のような話をPTAや養護教諭の先生方、地域の方々にお話をする機会が増えてきました。幸い、出席してくださった方々からは好評を得ています。が、自分の子どもにはなかなか直接自分の口からは伝えられないので「是非、先生に話してほしい」と要望されてしまいます。

 これは嬉しい半面、我が家だってそう自慢できるような性教育をしているわけではない気もするし、複雑な心境です。少なくとも、「こんな話ならうちの子に聞かせたいな」と評価してくださっていると思い、子育てをするお母さん方から合格点を頂いたと少し安心しています。