執筆者:丸橋 和子
東京民医連・立川相互病院 産婦人科
ティーンズセクシャルヘルスプロジェクト・スタッフドクター

2013年1月(第11回)
2012年10月(第10回)
2012年6月(第9回)
2012年1月(第8回)
2011年10月(第7回)
2011年6月(第6回)
2011年1月(第5回)
2010年10月(第4回)
2010年6月(第3回)
2010年1月(第2回)
2009年10月(第1回)

 これは、医学生向け情報誌「Medi-Wing(メディウイング)」での連載記事です。

*2011年1月号以前はこちらをクリック

 Medi-Wingは全日本民主医療機関連合会(民医連:立川相互病院も加盟しています)が発行しています。

初出:Medi-Wing 2011年6月号(連載第6回)

 最初に、3月11日に生じた東日本大震災で、多くの貴重な命が失われたことに哀悼の意を表しますと共に、大切なご家族を亡くされたり、住居などの貴重な財産や職場が失われたりし、今も甚大な被害に直面し続けている被災者の方々に、心よりお見舞い申し上げます。

 当院を含めた民医連の多くの職員が、全国から被災地医療支援に参加しました。現地で被害の状況を直接見聞きした人はもちろんですが、支援に行かなかった人の中にも、多くの報道や映像で被害の状況を知るだけで、なんだか落ち着かなくなったり、落ち込んだり、何かしら心に変調をきたした人がいるかもしれません。特に、被害を受けた人を直接支援した人には、見聞きしたことが頭から離れない、抑うつ感、食欲低下、眠れないなどの障害が生じる可能性があります。実際に被災しなくても、被害を受けた人をケアする中で支援者が被害者と同じような心の傷を受けることを「二次受傷」といいます。医療関係、警察など、日頃から「受傷」や「死」に直面する機会が多い職業の人でも、誰もが起こりうるもので、二次受傷が生じた支援者は自分の傷に気づき、治療する必要があります。

 前回と前々回、わが子を失った親や性被害を受けた女性との関わりをご紹介しました。その中で、彼女たちに対する周囲の無理解な言動(命があっただけでもまし、いつまでも悲しんでないで、早く忘れて、あなたにも落ち度があるなど)がさらに心の傷を深めることがあることをお話ししました。このような、周囲からの不適切な言動により、被害を受けた方がさらに傷つくことを「二次被害」と言い、私達医療従事者は、無意識のうちに患者さんに対して「二次被害」を受けさせないよう注意しなければなりません。しかし、同時に、自分自身が支援する中で心が傷つく可能性があることも知っておく必要があることを、今回お話ししたいと思います。

 私たちは、性の健康教育の中で、性被害を受けた人を支援する取り組みについて学んできました。救急外来や日常の診療の中で、自分からは言い出せないでいるけれども、実は性に関わる被害を受けて受診している患者さんに、知らないうちに遭遇していることがあります。そのような方たちに遭遇したときに、「何かあるのかな?」というアンテナを張り巡らせると共に、その時、私達医療従事者が実際にやるべきこと、やってはいけないことを学ぶ勉強会を行う機会がありました。その際、参加者の中に、『ここで語られている被害を受けた人の心理が自分に当てはまる』と気づいた職員がいました。封印していた過去を思い出し、傷ついていた自分を思い出したのです。被害を受けた人の中には、自分の傷と直面しないで済むように、被害や事件そのものを記憶の彼方に封じ込め、普段はそのようなことがあったことも忘れていることがあります。その時の傷は、時間がたったからといって風化も治癒もせず、いわば"瞬間冷凍"され、受傷した時のままでいるのです。彼女は、その後、性被害を受けた患者さんと接しているうちに、自分自身に様々なPTSDの症状が出現しました。被害を受けた人の傷が自分自身に影響して生じた「二次受傷」です。そして、自分自身を癒す作業に取り組み、時間をかけて回復していきました。

 人は、誰でも過去に心の傷を受けたことがあると思います。現在、なにか苦手だとか、嫌いと思っていることは、過去の傷に関連しているのかもしれません。あるいは、現在目指している進路は、無意識のうちに過去の傷ついた自分を癒したくて選んだ選択の可能性もあります。例えば、「小さい頃、学校や家庭で自分を認めてもらえなかった」「身内あるいは自分自身が病気になった時の医療従事者の態度がいやだった」など、自分に本来してもらいたかったことを誰かに行うことで自分自身を癒そうとすることがあります。そのこと自体は決して悪いことではありません。問題は、自分がして欲しかったことをして"あげる"態度をとり、支援する相手の主体性を奪ったり、思い通りの反応を得られなかった時に相手に対し拒否的な態度をとってしまう可能性があることです。また、自分のことをよく知らずにいることで、自分の能力、耐性の限界を超え、先ほどの例のように「二次受傷」を生じたり、バーンアウト(燃え尽き症候群)を引き起こすことがあります。

 患者さんの立場に立った医療を行うことや、患者さんに寄り添う態度は、私達医療者としてとても大切な姿勢だと思います。しかし、その時に、患者さんのことを知ろうとする前に、自分自身を見つめることも忘れないでください。患者さんのつらい気持ちや、いろいろな被害を受けて傷ついた感情に接する時、自分自身をよく知り、自分が傷ついた時にはそのことを自覚し、自分を癒す作業も大切です。どうか、小さなことで良いので、自分を癒す方法を複数見つけてください。私も、最近は生ごみを肥料にするべく庭の土をほじくり返したり、その肥料を使って、小さな庭にいつか実のなる木を植えたいなあと想像してみたり、あるいは奮発してコンサートに出かけてみたり、と、ちょっとした心の癒しに励んでいます。

 これから、医療従事者になろうとする方々も、趣味や楽しめることを今のうちにいっぱい探し、そして、自分がなぜこの道に進もうと思ったのか心の奥底に眠っているかもしれない自分を探してみてはいかがですか?