八王子共立診療所所長
奥野 開斗
健康のひろば第173号(2026年4月15日)より
「鷹化して鳩となる」
先日、そんな幻想的な春の季語を教えてもらいました。
Tさんは80代男性。アルツハイマー型認知症で通院していましたが、肺炎で入院し衰弱して食事が摂れなくなりました。病院では自分の状況が理解できずに危険な行動をとってしまい身体拘束をされることに。
見かねたご家族が「最期は家で看取りたい」と自宅へ連れ帰り、月に2回の訪問診療が開始となりました。
それから1年。栄養剤を処方するだけの治療ですが、Tさんは徐々に活気をとり戻し、庭を散歩するまでに回復しました。いつも診察する和室の掛け軸にはTさんの達筆で俳句がしたためられ、妻のAさんの水彩画が色を添えています。記憶障害が進んだTさんですが、診察のたびに嬉しそうに俳句の解説をしてくれます。「穏やかな春が来ると、おっかない鷹もやさしい鳩に変身してしまうという中国の季語なんだよ」。医師として、人間として、Tさんから教わることばかりです。
さて、国会ではOTC類似薬や高額療養費制度をめぐり医療費の患者負担を増やすことばかり議論され、患者さんたちを取り巻く状況は穏やかな春とはいかないようです。季節の移り変わりを待っているだけでは、この国の鷹は鳩にはならないでしょう。
何かを守るためには、声をあげることが必要です。