「二才の春のこと、夫婦で1kほど離れた山の田に、田植の準備中、ききなれた子供の泣き声が遠くからとぎれとぎれに聞こえてくる。」と、父は結婚文集に寄せてくれた。私は、祖父の一寸のすきにいなくなり、「母の背に行ききした、この山道を母に会いたさに」泣きながら来たらしい。もちろん記憶はない。思い出せる遠い記憶は、山道が雨水でえぐれ、石がゴロゴロし、キキョウが咲いている。節句の頃、田でツボを採った。段段になった田の見晴らし。
中学に行く頃には、田は「防災ため池」の底に沈み、残りは山に飲み込まれてしまった。ため池の堤防に沿い、3年間通学した。いまは廃校となり隣町の中学校に統合された。
記憶以前の風景を想い、失われた景色を思い起こす。